「はまなすの咲く
  大森浜と砂山」

この場所は、当時はまなすの咲く大森浜と砂山が連なっており、啄木が最も好んで散歩した場所である。

「石川啄木小公園」

大森浜、立待岬を望む風光明媚なこの場所に啄木像(彫刻家 本郷 新)があり、函館の名所の1つになっている。津軽海峡が目の前に広がり、下北半島(青森)を望むことができる。ここに啄木浪漫舘がある。

「碧血碑」

旧幕府脱走軍の「箱館戦争」での戦没者慰霊碑。明治2年5月、榎本武楊以下の脱走軍降伏後、侠客柳川熊吉が戦没者の遺骨を集めて実行寺に葬り、明治4年にこの地に改葬した。明治6年大鳥圭介ら實地を踏査し、七年伊豆産の石材を以て東京霊岸島で碑を作り、明治八年建立する。碧血とは「義に殉じた武人の血は三年経つと碧色(みどりいろ)になる」の中国の故事によったものである。

「立待岬」

函館の観光スポットとしても有名なこの場所には啄木一族の墓があり、また啄木浪漫舘を望むことができる。

「函館山」

世界の三大夜景と言われる函館山からの夜景。夜景はもちろん、昼の眺めも素晴らしい。

「五稜郭公園」

日本最後の内戦「箱館戦争」の舞台となった場所である。碧血碑はその時の戦没者が祀られている。明治元年(1868)、大政奉還に不満を持った榎本武揚、大鳥圭介、土方歳三らがここを占拠し、翌年5月に降伏、開城した。

「基坂から望む風景」

啄木詩集の中の「ハコダテの歌」に「辻」と題する長詩がある。これは、啄木が函館商業会議所の臨時職員として勤務していた時、仕事で税務署へ通う際の道のりを歌ったもので、その「辻」とはこの基坂のことなのである。








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